大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和52年(あ)1222号 判決

本籍・住居

静岡県清水市有東坂六一五番地の二

個室付浴場、キヤバレー、ホテル、レストラン経営

松本弘二

大正一〇年九月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五二年六月二二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大蔵敏彦の上告趣意のうち、延滞税、過少申告加算税、重加算税のほかに刑罰を科することが憲法三九条に違反するという点は、当裁判所大法廷判決(昭和二九年(オ)第二三六号同三三年四月三〇日判決・民集一二巻六号九三八頁、なお、同四三年(あ)第七一二号同四五年九月一一日第二小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三三三頁参照。)の趣旨に照らし、その理由のないことが明らかであり、その余の点は、実質において量刑不当の主張にすぎず、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環昌一 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顯)

○昭和五二年(あ)第一二二二号

被告人 松本弘二

弁護人大蔵敏彦の上告趣意(昭和五二年九月一日付)

原判決は憲法三九条に違反するものである。

一、従前、最高裁判所は、国税通則法にもとづく重加算税と併せて所得税法等による脱税罪による刑罰を科することが憲法三九条に違反するものではないとしている。すなわち、「国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が課税要件事実を隠ぺいし、または仮装する方法によつて行われた場合に行政機関の行政手続により違反者に課せられるもので、これによつてかかる納税義務違反の発生を防止し、もつて課税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置であり、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは趣旨・性質を異にするものと解すべきであつて、それゆえ同一の租税ほ脱行為について重加算税のほかに刑罰を科しても憲法三九条に違反するものでない」と判示している(最判昭和四五・九・一一刑集二四巻一〇号一三三三頁)。

二、しかし、国税通則法の重加算税は、納税すべき税額の基礎となるべき事実について隠ぺいまたは仮装をして過少な申告書を提出した場合に課せられるものであり、所得税法違反の脱税の罪は偽りその他の不正行為により脱税したときに科せられる刑罰である。したがつて、この両者は納税者の行為の面においては、共に不正に税をまぬがれるという同一の行為のものであり、これに対し「行政上の措置」として重加算税を課し、同時に刑罰として罰金を科せられることは、被告人にとつて二重の金銭的負担を科せられることになる。

三、本件においてみると、被告人は本件脱税行為が摘発せられるや収税官吏の調査に積極的に協力し、所得を明らかにする資料の提出にも協力し、延滞税、過少申告加算税、重加算税の賦課を受けるや、ただちにその全額の納付をなした。

原判決の認定によれば、昭和四七年・四八年・四九年の三ケ年にわたる被告人の所得の合計は約一億六千万円である。これに対し正規の所得税は約八、四五〇万円となる。しかるに被告人はそのうち約四、二七二万円の脱税をしたためにこの脱税額のほかに、国から延滞税、過少申告加算税、重加算税として二、四八五万余円を課せられ、それをただちに支払つている。

すなわち、被告人は本件脱税額の五八パーセント強を重加算税として課せられているのである。

右判例によれば、「納税義務違反の発生を防止し、もつて徴税の実を挙げようとする趣旨」に出た行政上の措置としては一二分にその目的が達せられている。

四、さて、原判決は、このように一二分な制裁が課せられた被告人に対し、さらに所得税法違反として懲役八月(執行猶予三年)の体刑のほかに、罰金八五〇万円の刑を言渡している。

被告人がすでに国庫に納付した重加算税等の課徴金とこの罰金額を合計すれば、脱税額の七八パーセントに達するものであり被告人の前記所得額に対し、所得税・重加算税等の課徴金にこの罰金額との合計は一億一、七八五万円になるから、被告人の全所得の実に七三パーセント以上を国が司法・行政上の措置として取り上げ、更に被告人に懲役刑を科するということになる。

五、最高裁は重加算税と脱税罪とが憲法三九条に違反しないと判示しているが、その理由は前記のとおり、一方は行政上の措置とし 一方は司法上の制裁としているのであるが、被告人にとつてはいずれも制裁であることに相違はないのである。特に本件のようにまず行政上の制裁を受け、重加算税等を完納している被告人に対し、さらに原判決のような重刑を科することはその実質は二重の処罰にあたるといわねばならない。

六、重加算税等の課徴金は国税通則法により行為の情状等については一切考慮せられず、一率に課せられる制裁金であり、その履行の強制方式の面においても刑事罰と相異する点があることは否定できないけれども、本件被告人の場合の如く、収税官吏の査察を受けるやその調査に協力し、自ら修正申告をなし、過少申告加算税、延滞税を支払い、その上で重加算税を課せられてその全額を支払つているのであるから、脱税犯として刑罰を科せられた以上、重加算税の納付を免れることができれば、脱犯人の側に有利となるとか、また罰金額が重加算税の額よりも高く算定される保障は必ずしも存在しないので、重加算税と刑事罰とを併科しても二重処罰の禁止にはあたらない、とする見解(藤本英雄・行政刑法二〇頁参照)は、本件の場合には妥当ではないのである。

この見解によれば、刑事制裁を科する場合は、すでに重加算税の制裁をうけ終つているという事実があれば、それをひとつの重要な情状として刑事罰の分量を定めるうえで、違反者側に有利な、つまり刑を軽くする資料として考慮すべきことは当然であろうとしている。

七、しかし、これは極めて不徹底な見解である。本件は前述のとおり被告人に対し、体刑のほかに重加算税等の課徴金の制裁と罰金刑を併せれば、被告人の所得から七三パーセントの金額を取り上げようとするものであつて、この併科が憲法三九条で禁止している二重の処罰にあたらないとする限界を超えたものといわねばならない。

本件脱税をなすにいたつた動機、発覚後の査察に協力し、反省していること、再犯をくりかえさないことを誓つていることなどは原判決のいう通りであり、しかもその後被告人の所得が激減していることも証拠上明白である。

かかる点をみれば、原判決は第一審判決の罰金刑を減額したといえども、原判決の量刑は所得税法二三八条の立法目的を超えており、憲法三九条で禁止されている二重の処罰にあたるものであるから、破棄さるべきである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例